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第87話 国境という認識を持たぬ人々

2021年07月31日 バンコク便り

この地域の国境問題と言えば、タイ、ミャンマー、中国、ラオス、ベトナムに跨る山中で暮らしてきた山岳民族に関することになるだろう。古来より国境に関わりなく生活してきた多くの民族がそれぞれの国の事情により翻弄されてきた歴史がある。

私も数度山岳民族の村を訪ねたことがある。タイ王室のプロジェクトであった麻薬撲滅運動に沿ってケシ栽培からコーヒーその他の換金作物への転作奨励が行われていた時代の事、コーヒー豆の売り先確保の手段としてドイツ政府の支援による「タイ・ジャーマン・プロジェクト」活動の一環で積極的な買い付けを行っていた。私も一度日系企業の買い付けに同行したことがあるが、その時期がたまたま雨季であったため、険しい山道を進むのは四駆のランドクルーザーでも大変なことだった。車内のルーフやドアに散々体を打ち付けられ何ともスリリングでしかも痛みの伴う道中だったのを覚えている。現金収入が得られる様になったことから、村の民家は素朴だが思いの外清潔で整っていた。ただ家の前で赤ん坊を抱き座っていた母親が15歳だと聞き少しショックを受けた。

また数年前のことだが、タイ中西部、スコータイからずっと西へ向かったターク県のメーソッドと言えば国境を越えたミャンマー観光の起点として有名になっているが、私はスコータイで2泊した後にメーソッド市内のホテルへ移動した。特にミャンマー入境を目的にしていた訳でも無かったが、暇つぶしに行ってみるかと思い立ち入管のポストへ行ったらそこで出国を拒否された。私はタイの永住権を保持しているので、パスポートと共に永住権のパスを提示しなければならないということを失念していたのだ。国境地帯から市内のホテルへ戻っても暇を持て余すだけなので、あてずっぽうで北方へ向かった。何の目的も持たず土地勘も無くただただ1時間半も走っただろうか。深い山には霧が立ちこめ幻想的な風景であったが、やがて左側に見えてきたのは生垣でしっかり囲われたエリアであった。しばらく車で走っても通過できないくらいのエリアの中は素朴な住宅が集まっており、どうも山岳民族の人々が居住している様だった。そこを過ぎると風情のあるこれも素朴としか言い様の無いオープン・レストラン、1軒だけのゲストハウス、その少し先には鍾乳洞があった。ゲストハウスに引き返し部屋を見て経営者である老夫婦に話を聞くと1泊400バーツ(約1,400円)で簡素だが清潔な施設であったから、ホテルへ引き返すのも面倒だしご夫婦も良い感じなので覚悟を決め着の身着のままで宿泊することにした。聞くと先ほどの大きなエリアはミャンマーから逃れてきたカレン族の難民キャンプだということで、確かにそれらしき集団がぞろぞろと歩いているのを見かけた。ただ驚いたのは、徒歩数分のレストランへ行くのも必ず車で行きなさいと窘められたことだ。私の感覚で言うと純朴な山の人々としか映らないが、周囲の住民とはやはり何かしら軋轢があるのだろう。その夜は猪肉やそこで栽培されている山野菜など野趣溢れる料理に満足し、静謐な一夜を過ごした。

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